ルビコン以前の読書感を書いたら、同じ友人から「カエサルの政治家としての真価はルビコン以降により強い」とその上・中・下の3巻が送ってきた。これも決心して数日を要したが面白く読み通した。まさに友人の言の通り、類い希なる軍人の他に政治家としてのカエサルの面目躍如たるものを再認識した。

 当時のローマは元老院と市民集から選ばれる3人の執政官らによる共和制で、拡張したローマの版図にその機能が十分に果たせず、カエサルが道を開いて修身独裁官に選ばれ、志半ばで暗殺されるまでが上・中巻である。下巻はその後、遺言で指名したオクタヴィアヌスがそれを継ぐという粗筋は周知の通りである。多分に著者の塩野七生の見解にもよろうが、それ以来2000年の各国の多くの政治家と比して、カイサルの並外れた軍人としての能力に加え、政治家としての国を思い、経済的に私欲がなく(公的な支出をまかなうための膨大なる借金はしたが)、正確な情報の迅速な収集とそれに基づく明確な指示、周到な事前準備と迅速な行動力、失敗を次に活か仕方、彼に逆らった人々への寛容さ、等々は余人には見られないほど際立っていると思う。その寛大さにより凶刃に倒されるのだが。

 いまの政治を見ると、それが一国内の問題から世界的に拡大し利害が反して機能し難くなっている。それに加え、民主主義派と称する米国・EU・日本と独裁的に近い北朝鮮・中国・ロシアの政治体制・効率の違い、それにテロ国家、EUの分裂・米国の国内第一主義などより多難な状況に進みつつあり他山の石とは思えな。それにしても、前にも書いたが、当時と2000年を経た今の社会にでは違う点も多いが、それを構成している人間は、相変わらず私利私欲・競争心が強く寛容さに欠けている点は進歩どころか退歩しているいように思える。